開発秘話

「究極のふきんをもとめて」日東紡ふきん開発秘話

プロローグ
時は、1960年(昭和35 年)。高度成長期の幕開けとなったこの年、世界は国際化へ向けた大きなうねりの中にありました。日本では「所得倍増計画」をスローガンに、池田内閣が発足。カラーテレビの放送が本格的にスタートするなど、やがて迎える豊かなライフスタイルの謳歌に向けて、激変を遂げようとしていました。話は変わって、キッチン事情。当時はまだ、日本にふきんらしいふきんが見当たらなかった時代でもありました。アメリカ視察に赴いた大橋鎭子・暮しの手帖社社主(元社長)が、サンプルとして買い求めたふきんをもとに、何度も試作とテストを重ねながら日東紡と共同開発して出来上がり、以来50年を超えて愛され続けてきたふきん、それが日東紡ふきんなのです。
 見落とされていたふきんへのこだわり
当時の開発秘話を今に伝える資料『暮しの手帖』54号(1960 年)の特集記事によれば、はじまりは「ある朝突然に」だったようです。編集部員は、ランダムに選んだ東京都内の50軒のお宅を飛び込みで訪問し、ふきんの実態の調査に取り掛かったのです。結果、どこの家庭にもあって、昔から使われて来たアイテムでありながら、一般家庭のふきんへのこだわりがあまりに低いことが分かったのです。

「よいふきんとは、どんなものでしょう」
ここではじめて暮しの手帖編集部は、「いったい、よいふきんとは、どんなものでしょう」という問いかけに回帰したのです。その結果、「水をよく吸うこと」「洗って丈夫なこと」「しなやかであること」「ケバのつかないもの」という四つのポイントが回答であることに行き当たりました。そこからが開発の本格スタートです。すでに国内外で市販されていたふきんを、先の四つのポイントについて一枚一枚テストしたそうです。丈夫さを確かめるためには、3200枚のお皿を拭いたというエピソードも残っています。

 妥協なき試作とテストの繰り返しからロングセラーは生まれた
そこで、暮しの手帖の編集部から、日東紡の研究室に共同研究の申し入れがありました。日東紡は暮しの手帖の編集部の探究心の結晶である資料をもとに、混紡率と織り方の研究をスタートしました。本テストのために、日東紡研究室が織った生地は42 種に上ったそうです。
42 種の中から厳選された4種の生地は実際に、10名のベテラン主婦の方にモニタリングにおよそ六カ月の間参加していただき、その台所仕事一切におけるふきんの使用感を毎日、克明に記録してもらったそうです。こうして、すべてのテストは終了し、サイズやコストまで入念に計算された後、この激戦を勝ち抜いて厳選された生地と、主婦の皆さまから寄せられた膨大な声をもとに、主婦をして「私たちがほしいのはこんなふきんです」と言わしめる日東紡ふきんは誕生したのでした。

 エピローグ―50年前も、そしてこれからもキッチンに。
ふきんらしいふきんがまだ存在しなかった時代に生まれ、ありとあらゆる多様なサービスが溢れる現代までずっと愛用され続けてきた究極のふきん。ロングセラーの理由は、ここにありました。
今に通ずるプロダクトデザインの模範は、50年前も、そしてこれからもキッチンに。